真面目に解離性障害の本を読む日
こんばんは
今日はめずらしく真面目に(?)本を読んでみました。
本を読むのは、短期記憶が弱い私には結構難しいみたいです。
とはいえ、小説を読んだりは時々はします。
それで、「こころのりんしょう」の解離性障害の特集のものを定価よりかなり高いお値段で買って放置していたものを読みました。
はい、ゼンブハヨメテマセンケド。
一般の人でも理解できる程度の易しい論文がいくつか載っています。
解離の専門医さんが書いているのです。
とりあえず私の現在の症状として当てはまるものとしては
・自伝的記憶(思い出)の欠如
・人生における大きな出来事や人物(通常忘れることがないような)を忘れる
・現実感の喪失、離人症
・感情の鈍麻、喪失
・感覚(五感)の鈍麻、痛覚の鈍化
・意識が連続していない
くらいでしょうか
私の視覚聴覚の短期記憶が死亡しているのは、解離とはあまり関係がないのかも。
長期記憶も、短期記憶が死亡しているので死亡しているのですが。
注意欠陥は、意識の連続性が保てない関係で出ることがあるようです。
思い出がないのは、感情と記憶が結び付かないからだとお医者さんには言われてるのですが、記憶に感情なんかないじゃないですか💧
よくわからない
本を読むと「治療者との信頼関係が大事」とあるんですけど、
無理でしょ!(ヾノ・∀・`)
ってなりました。
私自身の精神科の担当の医者は精神科医のなかでは当たりな優しい人ではありますが、命や心を預けるほどの関係にはならないです。
診察時間を長くとっていただいてはいて、長いお付き合い(私にとっては出会って数ヵ月ですけど)なのですが、家族さえ信頼してないのにどうしたらいいのか。
そもそも、何人も順番待ちしていて五分診察が横行していて、心理を学んだこともなく、心理療法も知らず、薬をたくさん売ることで利益を得るという精神科医だらけのなかでそんな信頼関係をどこで築けばいいのですか。
そんな信頼関係ができる精神科医なんてどこへいけばいいのですか。
なんで精神病院なのに心理療法できるカウンセラーがいないのですか。
これって贅沢なことなのですか。
診察終わってお金を払って明細書を見れば、「精神療法」で高額な医療費を取られているのですが、なぜ世間の精神科は三分や五分の診察でも精神療法としてお金をとるのか、腹が立ちます。
精神療法って、日頃の体調の変化や薬の合う合わないを聞くことだというのなら、内科でも眼科でも精神療法の料金はとっていいと思います。
それは置いておいて。
そもそも、解離性障害の患者を病院も医師も想定していないのではないかと思います。
統合失調症やうつ病を想定して、薬物療法で治すことを基本と考えていて、パーソナリティ障害や解離性障害など、根本的には薬のみで治療ができないものについては、併発したうつ症状を抑えるだけの投薬をしているのではないでしょうか。
ODや自傷を繰り返す少女にそれでも薬をだし続ける以外に手段がないのでしょう。
発達障害なんかでもそうで、本人が自力で専門的に診てくれる病院を探さないとただ無駄になります。
今の通院先も、うつ病、統合失調症、そして看板として認知症、それらが対象で薬以外の治療が必要な患者はどうにもならないのだと思います。
それでも、うつ病併発していて、入眠困難で過眠症な私は、今の通院先から離れることもできないのです。
だから余計に医療不信で治療できないならこのまま死ねばいいと思います。
読んだ本の中では、解離性障害の原因として多いものは虐待や犯罪被害が挙げられていましたが、関係性のストレスや安全な居場所のない環境などもあるそうです。
私は、虐待や犯罪被害とは無縁な平穏な人生を送っているので、後者かなぁ?
あまり覚えてはいないけれど、学校で友達がいたことがないし、家族と日常の話することもたぶんなかったし、部屋も兄弟と一緒だったので、隠れて好きなことをするというのはできない環境でした。
部屋の鍵なんかもちろんなかったですし、それは未だにですけど、プライバシーはなかったです。
(鍵をつけようと思うと報告したらやましいことでもあるのかと責められた)
お小遣いもなかったから、秘密でなにかを買うとかもなかったです。
安全な場所ってなんでしょうね。
衣食住に事欠いたことはないと思うのですが、未だにどこにいてもリラックスできているということはないです。
リラックスするってよくわからないかな。
常に、自分で自分を見ている見られているような感じで。
感情の希薄があまりないと医者とか人に言われたりしますけど、親からは感情表現が幼少期から豊かな我が儘な子と認定されています。昔は明るい子だったなんて言われます。
親は、私なんか見てもなかったんですねと思いますし、私の過去を改変(悪意なく改悪)して捏造するので、私がそうだったと私は思わないのですが。
都合よく、自分を良いように私を悪いように。
それでも、恵まれた家庭です。
ご飯も出て部屋もあって着るものもあって、親にお願いして許可が出ればものも買ってもらえる。
だから、本当は解離性障害じゃないのかもしれない。
担当の医者は解離性障害じゃないと思っているのかもしれない。
ただ自分の頭が、知的に低いだけで、治らない、生まれつきの障害なのかもしれない。
そうなら、はっきりと、そういってもらいたい。
解離性障害なのかそうじゃないのか、担当の医者がどう思っているのかわからない。
治らないなら、そういってもらいたい。
例えば、犯罪を犯せば、精神鑑定を受けられるかもしれない。
私の病名を断定してくれるかもしれない。
治るのか治らないのかわかるかもしれない。
原因がわかるかもしれない。
このまま通院しても駄目なんだ。
自分で動かなきゃ、誰も助けてはくれない。
いつも誰も助けてはくれない。